【日記】「そのもの、そのまま」で見るってちょっと不安だけど自由で楽しい。


 

先日、大学の恩師に教えていただいて、丸の内にある東京大学と日本郵便が運営している博物館「インターメディアテク」に行ってきました。

一番面白かったことが、解説文が最小限だったり、そもそも無いものが多かったこと。

ふしぎに思って解説員さんに尋ねたところ、「art and science 」という展示手法(理念?)なんだそう。

science は学術的な役割を外せばartにもなって、逆もまた然り、その境界を外す試みらしい。

 

解説があると、どうしても情報を一方的に受け取ってしまうけれど、

解説を最小限にすることで「そのもの、そのまま」を能動的に見ることができる、ということに挑戦しているそうで、調べたところ、それがこの博物館の理念だったみたい。

 

(以下HUFFPOSSTより引用)

「インターメディアテク」(IMT)は、東京・丸の内のJPタワーにある学術文化総合ミュージアム。日本郵便と東京大学総合研究博物館が協働で運営し、東京大学が1877年の開学時から蓄積してきた動物の骨格や剥製、鉱物、昆虫、産業プロダクトなど自然史・文化史の博物標本を常設展示している。

一般的な博物館のように年代や種別ごとに体系的に陳列せず、鑑賞順路も設けられていないあえて展示物の説明を最小限にとどめていることも、他の博物館とは異なるポイントだ。

 

IIMTの西野嘉章館長は、ユニークな展示方法について「『視る』という体験の豊かさへ人々を誘い、『創る』という行為の楽しみを万人と分かち合いたい」と説明。

同館の紹介パンフレットでは、「展示解説至上主義を回避し、むしろ『眼の愉悦』への訴求に重点を置いた」として、次のようにつづっている。

19 世紀的な意味での博物学は、そもそもが予期せぬ出合い、思いがけぬ発見を前提とするものであった。20 世紀は 19 世紀博物学が有していた「混沌世界」を、学術の名のもとに葬り去った。標本庫を整序し、より合理的な世界へと再整備することを是とし、それに邁進してきた。

しかし、その結果はどうであろう。理解し易いものが善とされ、すべてが平均化、平準化し、はては陳腐化を招くことになった。その結果、ミュージアムでの鑑賞体験も、特段に珍しいことでなくなり、より「文化度」の高い市民生活が実現しつつあるというのが、一般的な理解である。

しかし、本当にそうなのか。自分の眼で見て、発見し、驚くという体験の場を、来館者、とりわけ若い
世代に体験させる場としてのミュージアム空間。「インターメディアテク」(IMT)の目指すものはそこである。

(「インターメディアテク パンフレット」より)

 

実際におじさんが5人くらいで、スフィンクスのこわれた台座?をじーーーっと見てたり。

子供がキリンの太腿の骨を裏から覗いていたり。

私も展示物の地図に感じた「なんか怖い」を、それそのものとして受け取る事が出来た気がする。

 

それが何なのか、難しいことまでは分からなかったけれど、なんとなくそういうことかもしれない、と感じました。

(その場で手帳にスケッチノート。興奮のままにその場で描いたから、字が荒れている…。私の興奮具合を感じていただけたら。)

 

いやぁ、ひとつひとつ、とっても楽しかった!

解説員さんはフロアごとに複数いらっしゃって、知りたいことは、尋ねれば丁寧に教えてくださる。

けれどまるで空気のようにその場に寄り添ってくださっているので、集中したい時は全く気にならない。

 

上手く言えないけれど、そのものを見たいように自由に見ることができる感じがしました。

これが館長のいう予期せぬ出合い、思いがけぬ発見を楽しむということ、自分の眼で見て、発見し、驚くという体験なのかもしれない。

 

展示物にラベルがついていて、しっかり役割が与えられていることが多い博物館で「そのものを、そのまま見る」って、結構挑戦的

「「この見方で良いのかな?」「みんなはどんな見方をしているんだろう」と時には自分が良く分からない「正解」「正しい見方」に囚われてグラグラしたけれど、そもそも、それはそれ自体でしかなくて役割は誰かに与えられたものだよな、とも思えて。

とてもワクワクしながら楽しめました。

 

そのもの、そのまま、で見るって、ちょっと不安だけど自由で楽しい。

2017-07-25 | Posted in せきこ日記No Comments » 

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