【日記】思考を形で残す理由(履歴書から本棚へ)


せきこ、ブログ再開するってよ。

こんにちは、可視化グラフィックライターせきこです。

実は私、「せきこの下甑島日記」というタイトルで前職(地域おこし協力隊下甑島担当)の時にブログをしていました。

が、地域おこし協力隊を卒業してから今に至るまで(約1年くらい)はブログを書いていませんでした。なぜなら必要性を感じなくなったから。(理由は後述します)

なので、その間の情報発信といいますか、近況報告はFacebookやtwitterでこと足りていました。

ですが、やっぱりブログに今までとは違う価値と必要性を改めて感じ始めたので、このHPの「日記」というカテゴリでブログを再開しようと思い始めました。

★地域おこし協力隊って?という方はこちら→「地域おこし協力隊とは?(薩摩川内市の場合)」)

 

(前提として)SNSとブログの違い

色々違いはあると思いますが、私がSNSだけでなくブログを書く理由は

  1. 情報をカテゴリ別に見やすく整理したいから
  2. 自分の書いたもの(資源)を、自分で貯めていけるから

の2つです。SNSは投稿が時系列順に並び、古いものはどんどん流れてしまっていくし、サービスが終了したらデータは自分の手元に残らないですしね。他にも色々違いはあると思いますので気になった方は調べてみてください。

もちろんSNSの繋がりによる拡散力はブログにはないものなので、両方の良い所を上手く組み合わせて使っていきたいなーと思っています。

 

地域おこし協力隊の私にとってのブログは「履歴書」だった

以前の「せきこの下甑島日記」は一見、若い女子から見た島の魅力を発信するよ☆彡という感じのブログでしたが、本当のところ、私にとって履歴書代わりの存在でした。

あまり計算高く思われたくなかったので声高に宣言してはいませんでしたが…(わーお言っちゃった。)

ブログを始めたきっかけ

今から4年前、23歳で前職を辞め任期3年の地域おこし協力隊の仕事に就く、という決断をした時に思ったことは

「そうか、つまり26歳でまた就職先を見つけなきゃいけないんだな!」

ということ。

当時は、新卒採用で就職した会社を1年ちょっとで辞めたとき。就職した土地の福岡で出会った福岡テンジン大学でボランティアスタッフをしながら、世の中に色々な働き方があるんだなー!という事を知り始めたけれど、自分にはまだ早い、縁遠いと思っていた時期でした。

私の「働き方」は、なんとなく将来ずっと、どこかの会社の求人を見つけ、担当者と面接して、採用されて会社員として雇われ続けるものだ、を漠然と思っていました。

なので、そんな将来への危機意識があった私がブログを始めた動機は、日頃から自分のやっている事や自分の考えていることを知ってもらって、次の仕事への出会いを見つけたいというものでした。

yes!そう、それはつまりまさに「履歴書ブログ」!!したたかさ満載。

そして地域おこし協力隊を無事卒業した私は履歴書ブログを更新することは無く、SNSでの投稿で事足りるようになったわけです。

 

今の私にとってのブログは本棚

そんな危機感を持っていた私ですが、4年前は想像もしなかった働き方をしている訳で。今はフリーランスの「可視化グラフィックライター」として活動をしています。

だんだんと色々なことを考えたり、悩んだり、情報収集をすることが増えてきました。

そんな今の私がブログに必要としている役割は

  1. 自分の中にある言語化できず詰まった思考を整理することで、頭の中をスッキリさせること
  2. 自分の興味のある世の中の情報を、自分がそれにどんな価値を感じたかまで整理してストックすること
  3. 誰かに自分の考えを伝える時、すぐに自分の手元にそれをまとめた記事があること(自分の考えをより人に伝えやすくなること

の3つ。

つまり、これから私はブログをする理由は、「自分のメモ本が並ぶ本棚」を作りたいから、になったわけです。で、この記事も一冊のメモ本として、ブログという本棚に並ぶ、という。

そして私のメモ本をみんなに見て私の思っていることを知ってもらったり、ともすれば何か活用したりしていただけたら嬉しいなーと思っております。

 

(おまけ)思考を残す、は今の私を残し、これからの私をよりよくする糧を作ること

個人的なことですが、最近2つ「思考を残す」ことに対するモチベーションを持てることがありました。

1つは最近、結婚式のウェルカムボードを制作する打ち合わせの時に見た新婦の日記

実はその結婚するカップルというのは中学からの親友なんですが。(おめでとー!)今までの2人の出来事を日記につけていて、それがすごくキラキラしていて、羨ましくて。

一年前の事でもあまり詳細に思い出すのは難しいんだから、これから生きていく中で、やっぱり自分に何があったかは、自分の手元に残しておきたいと思い始めました。(ネットに公開、非公開は問わず)

 

もう1つは、昨年亡くなった私の大好きな祖父がつけていた日記

祖父は地元でも最長老の域に達する90歳を超える年齢でした。それでも毎日、新聞を読み「よんごひんご(鹿児島弁でジグザグの意)」の文字で、その日考えていることの記録をつけていました。話す内容も、今の社会に沿った考え方も柔軟に受け入れながら自分の意見を織り交ぜたもので、以前私がやっていた「地域おこし協力隊」という祖父にとって馴染みの薄い仕事も、心から応援してくれていました。

そんな祖父の情報を取り入れ、日記をつける姿を尊敬するとともに、私も日々思うことを記録して、同じ時間を過ごすなら充実して、しっかりと「よく生きたい」と思うようになりました。

身体が思い通りにならなくなっても日記をつけ、年始には「今年の目標」を立てていたおじいちゃん。直接言えんかったけど、めっちゃ尊敬してたよ。言えば良かった。一言言うだけだったのに、ごめんね。これからおじいちゃんのように毎日は難しいと思うけれど、出来るだけだけど、してみるね。時々さぼっちゃうと思うけど。気長に見守っててね~。

 

2017-02-17 | Posted in せきこ日記No Comments » 

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