そうだ、私「人生の先輩たち」を可視化したかったんだ。


さっきまで何気なくテレビニュースをつけながら作業していたけれど、思わずその手が止まって、見入ってしまった。

放送していたのは鹿児島のMBCニューズナウ(南日本放送)の「ふるさとの先輩たち」という5分程度のコーナー。

映像を撮影していたのは、私が今住んでいる下甑島で漁師をしていたこともある、ジェフこと、Jeffrey Irishさん。今日の放送では、病院に入院している知人の年配の男性に、ジェフがインタビューしていた。

お孫さんとのコミュニケーション、亡くなった奥さんとの話、リハビリを頑張る姿、出来ることが出来なくなっていく歯がゆさ。

「何度も(飛び降りようと思って)窓の方に行った、今は思わない」

病室から田んぼが見えて、その移り変わりが綺麗だ、という映像の終わり方に少しの救いを感じたけれど、どこか自分や家族と重ねて胸が苦しくなってしまうような。

その方はテレビに出ていた芸能人ではない、有名人でもない。

語弊があるかもしれないが、いわゆる「一般人のおじいちゃん」だった。この内容を、こう撮れるのか…。と、映像の暖かさからその方とジェフの相互信頼の親密さ、丁寧さを感じた。

そして、「ふるさとの先輩たち」というタイトルがまた、良い。映像を見たあとだと、またしっくり、じんわりくる。(これから取材を重ねて、「どーんと鹿児島」で特集があるらしい。見なければ。)

 

私の友人さくらちゃんは、大学生のころ自身の祖父母の歴史を辿る「うちのじいちゃんばあちゃん研究」をしていた。

「大切なものを大切にする。」という彼女の言葉や、小さなものに寄り添い見つめる丁寧な姿勢がとても好きで、彼女と話すのが大好きで。(余談だが、今彼女は米を炊いている。)

今日のジェフの制作した「ふるさとの先輩たち」を見ながら、可視化グラフィックを始めようと考えていた頃、私もいつか彼女のようにご年配の方の「自分史」を作りたいと思っていたことを思い出した。

いつか可視カフェのような形式で対話にグラフィックを入れながら、何日もじっくり時間をかけて丁寧にお話を伺って、その人が話したい、伝えたい、残したいその人自身を可視化したい。

そうそう、そうだ、それ。私が可視化でしたかったことの一つだった。

今度は日々の忙しさにかまけて、心の部屋の隅っこにおいやらないよう、手帳の一番前のページに描いてみた。

いつかそういう可視化グラフィックもしていきたいなぁ。

2017-09-21 | Posted in せきこ日記No Comments » 

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